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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)91号 判決 1998年5月28日

東京都中央区日本橋1丁目13番1号

原告

ティーディーケイ株式会社

代表者代表取締役

佐藤博

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

辻居幸一

田中伸仲一郎

飯田圭

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

松野高尚

吉村宅衛

廣田米男

主文

1  特許庁が平成5年審判第2380号事件について平成8年2月29日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「インダクタンス素子」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和59年12月10日実用新案登録出願(昭和59年実用新案登録願第186274号)したところ、平成4年12月18日に拒絶査定を受けたので、平成5年2月15日に審判を請求し、平成5年審判第2380号事件として審理された。本願は、審判において出願公告(平成6年実用新案出願公告第27929号公報)されたが、特許異議の申立てがあり、平成8年2月29日、「本件登録異議の申立ては、理由があるものとする。」との決定及び「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同年5月1日に原告に送達された。

2  本願考案の要旨

筒状部両端につばを形成し、両方のつばに前記筒状部の軸芯の平行面上に位置する駒を形成し、該駒にチップ端子を植設した端子付ボビンに巻線を施したインダクタンス素子であって、

前記駒は各つばにそれぞれ複数形成され、かつ各駒の装着側底面間に凹溝が形成されており、

前記チップ端子は平板状の端子であって、前記筒状部の軸芯に略平行で前記駒に埋設される部分に当該駒への係止部を形成してなる基部と、該基部より折曲げられる折曲部と、該折曲部先端に前記筒状部の軸芯に略平行に形成される先端装着部とから成っていることを特徴とするインダクタンス素子(別紙図面1参照)

2  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例記載の考案

ア 昭和56年実用新案登録願第79165号(昭和57年実用新案出願公開第191018号公報)のマイクロフイルム(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、その第3図を参照して、

筒状部の両端につばを形成し、該つばの底面側に肉厚部を形成し、該肉厚部に「ターミナルピン4’」を植設すると共にその低面側に上記ターミナルピン4’と同方向に、ターミナルピン4’に巻線端末を案内するための溝を形成して成る「コイルボビン1’」を構成し、このコイルボビン1’の筒状部内部に「コア3’」を嵌合し、その外部に「巻線2’」を施して成る「コンバータトランス」の記載が認められる。

そして、上記引用例1の第4図及び6頁8行ないし7頁4行の「・・・第4図・・・この場合、コンバータトランスのターミナルピン4’は回路基板5’に対して平行に位置することになり・・・取付けが完了する。」の記載からみて、上記ターミナルピン4’は回路基板5’に対して平行に接続して上記コンバータトランスを回路基板5’に平面的に取り付けられているものと認められる。

イ 昭和55年実用新案出願公告第15295号公報(以下「引用例2」という。別紙図面3参照)には、その第3図を参照して、コイル等の電子部品を回路基板に平面取付可能とするために、端子ピンを、ベース下面に略平行で電子部品のベースに埋設される基部と該基部より折曲げられる折曲部と該折曲部先端に前記ベース下面に略平行に形成される先端装着部とで形成する技術の記載が認められる。

ウ 昭和48年実用新案登録願第127812号(昭和50年実用新案出願公開第72947号公報)のマイクロフイルム(以下「引用例3」という。別紙図面4参照)には、その第1、4図を参照して、平板状端子の埋設用基部に抜け止め用係止部を形成する技術の記載が認められる。

(3)  本願考案と引用例1記載の考案との対比

ア 本願考案(以下「前者」という。)の「駒」「チップ端子」「端子付ボビン」は、それぞれ引用例1記載の考案(以下「後者」という。)の「肉厚部」「ターミナルピン4’」「コイルボビン1’」と同義ないし等価であり、

イ 後者の、肉厚部下面に形成した「溝」は、ターミナルピン4’と同方向に、これに巻線端末を案内するためのものであるから、前者の、各駒の装着側低面間に形成した「凹溝」と等価であり、

ウ 前者の「インダクタンス素子」は、構造的にみて、後者の「コンバータトランス」と共通するものと認められるので、

エ 両者の一致点、相違点は次のとおりである。

(一致点)

「筒状部両端につばを形成し、両方のつばに前記筒状部の軸芯の平行面上に位置する駒を形成し、該駒にチップ端子を植設した端子付ボビンに巻線を施したインダクタンス素子であって、前記駒は各つばにそれぞれ複数形成され、かつ各駒の装着側底面間に凹溝が形成されてなることを特徴とするインダクタンス素子」である点。

(相違点)

チップ端子について、インダクタンス素子を平面取付可能にするために、前者では、「平板状の端子であって、端子付ボビンの筒状部の軸芯に略平行で駒に埋設される部分に当該駒への係止部を形成してなる基部と、該基部より折曲げられる折曲部と、該折曲部先端に前記筒状部の軸芯に略平行に形成される先端装着部とから成っている」のに対して、後者では、そのように形成されていない点。

(4)  容易性の検討

電子部品を平面取付可能とするために、その端子ピンを平板状とし、その形状を、ベース下面に略平行で電子部品のベースに埋設される基部と、該基部より折曲げられる折曲部と、該折曲部先端に前記ベース下面に略平行に形成される先端装着部とで形成されたものとする技術、及び電子部品において平板状端子の抜け止めのために、その埋設用基部に係止部を形成する技術は、それぞれ上記引用例2、3記載のごとく本件出願前公知であったと認められるので、上記引用例1記載の考案において、それの平面取付を可能とするために上記引用例2、3記載の考案を適用して、本願考案を構成することは、当業者が極めて容易に推考できたものと認められる。

(5)  むすび

以上のとおり、本願考案は上記引用例1ないし3記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるので、本願考案は実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)アのうち、「(引用例1の第4図及び6頁8行ないし7頁4行の記載からみて、)上記ターミナルピン4’は回路基板5’に対して平行に接続して上記コンバータトランスを回路基板5'に平面的に取り付けられているものと認められる」旨の認定を争い、その余は認め、同イは争い、同ウは認める。同(3)のアないしウは争い、エのうち、(一致点)の認定は争い、(相違点)のうち、「前者では、「平板状の端子であって、端子付ボビンの筒状部の軸芯に略平行で駒に埋設される部分に当該駒への係止部を形成してなる基部と、該基部より折曲げられる折曲部と、該折曲部先端に前記筒状部の軸芯に略平行に形成される先端装着部とから成っている」のに対して、後者では、そのように形成されていない点」が相違することは認め、その余は否認する。同(4)のうち、電子部品において平板状端子の抜け止めのために、その埋設用基部に係止部を形成する考案は、引用例3記載のごとく本出願前公知であったことは認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、「駒」及び「凹溝」について一致点の認定を誤り、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(「駒」及び「凹溝」についての一致点の認定誤り)

ア 本願考案は、インダクタンス素子を基板の平坦な表面へそのまま容易に自動装着できるように、チップ端子の形状を、基板側の導体パターンへの接触面積が広く、基板へのはんだ付け強度を強くすることができる平板状とし、このような平板状のチップ端子を埋設しても、十分な保持強度を得ることができるように、また、それ自体も基板の逃がし孔に組み込まれない部分として、つば部から突出するように装着側底面間の凹溝で分けられた複数個の駒を設け、このような各駒に各平板状のチップ端子をそれぞれ埋設するようにした。

イ 他方、引用例1記載の考案の「肉厚部」は、基板に形成した逃がし孔にコイルボビン又はコアを逃がすことを前提として、基板に平行な直線状のターミナルピンが複数植設され、また、それ自体も基板の逃がし孔に逃がされる部分として、コイルボビンのつば部そのものをやや肉厚に形成したものに留まり、また、引用例1記載の考案の「溝」も、このような肉厚部に複数植設したターミナルピンのほぼ真下位置に巻線端引出用切り欠きを形成したものに過ぎない。このように、コイルボビンのつば部そのものをやや肉厚に形成した肉厚部について、これに複数植設したターミナルピンのほぼ真下位置に切り欠きを形成した場合、本願考案と異なり、十分な保持強度を得ることができないおそれがある。

ウ 以上のとおり、引用例1記載の考案の「肉厚部」及び「溝」は、本願考案の「駒」及び「凹溝」とはその構造及び作用効果が異なるものであるから、引用例1記載の考案と本願考案がこの点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点の判断誤り)

ア 審決は、本願考案と引用例1記載の考案を比較するに当たって、両者が「平面取付可能にするため」の構成を備えていることを共通事項として認定した。

しかし、本願考案は、インダクタンス素子を基板の平坦な表面にそのまま容易に自動装着することができるのに対し、引用例1記載の考案は、トランスの取付装置をそのコイルボビン又はコアを基板の逃がし孔に逃がして装着するものでるから、引用例1記載の考案は、本願考案と同様に「チップ端子」を「平面取付可能」に形成しているものではない。

したがって、引用例1は、本願考案の「チップ端子」のような、インダクタンス素子を基板の平坦な表面にそのまま容易に自動装着することができる形状及び取付態様の端子を採用することを開示も示唆もしていない。

むしろ、引用例1記載の考案は、何よりも取付高さを低くし、かつ、薄形化をはかるために、基板に形成した逃がし孔にコイルボビン又はコアを逃がしつつ、基板に対して平行となるようにコイルボビンの側面に対して垂直に装着した折れ曲がりのない直線状のターミナルピンを最適の構造の端子として、基板との電気的接続を行うものであるから、その他の構造の端子、特に本願考案の「チップ端子」のような形状及び取付態様の端子を採用することを排除するものである。

すなわち、仮に引用例1記載の考案に本願考案のチップ端子のような形状及び取付態様の端子を適用したとすると、基板に形成した逃がし孔にコイルボビン又はコアが逃がされず、取付高さを低くし、かつ、薄形化をはかるという目的に反してしまい、引用例1記載の考案の本来の目的に反する不本意な構成となるから、このような動機は生じるものではない。また、取付高さを低くするために駒を基板の逃がし孔に組み込むのであれば、チップ端子の駒への取付態様としては、わざわざ各チップ端子埋設用に各形成された「駒」に対し一旦「軸芯に略平行」な「基部」により埋設する以上、そのままの形状にしておけばよいのであって、これ以上にわざわざ「折曲部」を形成した上で、その先端に再度「軸芯に略平行」な「先端装着部」を形成する必要など全くない。このようにするのでは、チップ端子の形成作業が余計になってしまう。そればかりでなく、まさに「折曲部」及び「先端装着部」を形成することにより、「折曲部」の高さの分だけ、取付高さを低くするという駒を基板の逃がし孔に組み込む本来の目的も、達成できなくなってしまう。さもなくば、チップ端子を駒の上端部に片寄らせて埋設せざるを得なくなって、十分な保持強度を得るために各チップ端子埋設用に各「駒」を形成した意義も失われてしまうのである。

イ 審決は、引用例2記載の考案について、電子部品を平面取付可能にする技術であると認定し、これを前提として、引用例1、2記載の考案の組合せがきわめて容易にできたと判断した。

しかし、引用例2記載の考案は、あくまでも、ベース付きコイルのみを対象として、単に基板に平面取付することを可能とする限りにおいて、コイルとは別体のベースに埋設される端子ピンの形状及び取付態様を最低限工夫したものであり、インダクタンス素子を含む「電子部品」一般に係るものではなく、また、基板の平坦な表面へそのまま容易に自動装着できる本願考案と同様に「平面取付可能」とするものではない。

また、引用例2記載の考案は、本願考案と異なり、端子ピンの基部の全体をベースに埋設し、また、長く伸びた装着部をベースの下部と一直線になるように構成したものである。

したがって、引用例2記載の考案は、これから端子のみを抽出して、これをインダクタンス素子に適用し、更に、基板の平坦な表面へそのまま容易に自動装着できるよう、筒状部両端のつばに一体に形成される複数個の駒に埋設される端子の形状及び取付態様を、平板状とし、かつ、基部の一部のみが駒に埋設され、また、先端装着部が駒の装着側底面より下側に位置して基板と接触するように構成するという考案を開示も示唆もするものではない。

ウ さらに、引用例3記載の考案の端子1、31及び44は、縦型の巻枠34の底面つばから垂直に真っ直ぐ伸びるものであって、基板に取付孔を開けることを前提とするものである。このため、引用例3記載の考案も、引用例1記載の考案のコンバータトランス及び引用例2記載の考案にどのように組み合わせるのか、必ずしも定かではない。

エ 以上のとおり、審決の相違点の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

原告は、本願考案の「駒」及び「凹溝」は引用例1記載の考案のコンバータトランスの「肉厚部」及び「溝」とその構造及び機能が明らかに異なっている旨主張している。

しかしながら、本願考案の駒はボビンのつばに一体に形成されているものであって、引用例1記載の考案において肉厚部がボビンのつばに一体に形成されているものと格別の差異はない。また、本願考案においては、駒が完全につば部から突出している旨限定されているものではなく、その実施例に関する第1図の記載からも明らかなように駒部分にも巻線が存在しており、駒がつばの機能を果たしていてもよいものと解されるが、引用例1記載の考案においても、肉厚部の下端はつば部の下端より下まで延在しているのであるから、本願考案の駒と引用例1記載の考案の肉厚部とは、その構成及び作用効果において格別の差異はない。

また、本願考案の凹溝は、複数の駒が連接一体化した部分の底面側に存在しているものであって、巻線端末を端子まで引き出すために用られているものであるが、引用例1記載の考案の溝も、つばの肉厚部の下端に存在し、ターミナルピンに巻線端末を引き出すために用いられているものである。それ故、本願考案の凹溝は引用例1記載の考案の溝とその作用効果においても何等異なるものではない。

(2)  取消事由2について

ア<1> 原告は、審決が、本願考案と引用例1記載の考案が「平面取付可能にするため」の構成を備えていると認定した点を争っている。

しかし、審決は、電子部品の端子とこれを取り付ける回路基板上の導体箔とが平行であることを平面的と表現したのであって、引用例1記載の考案の「コンバータトランスは回路基板に平面的に取り付けられている」とは、コンバータトランスを回路基板に載置した後に回路基板に取り付ける際、コンバータトランスのターミナルピンと回路基板の表面とを互いに平行の状態でこれらが電気的に接続、固定されていることを意味するものであるから、審決に誤りはない。

<2> なお、本願考案においては、インダクタンス素子そのものの構成が要件となっているだけであり、インダクタンス素子を取り付ける回路基板の構成は要件となっているものではなく、考案の一実施例として説明されているものが引用例1記載の考案のような逃がし孔が設けられていない回路基板であるにすぎない。したがって、本願考案においても、引用例1記載の考案のように逃がし孔を設けた回路基板への取付も行えるのであって、逃がし孔を設けていない回路基板への取付に限られているわけではない。このことは、本願考案において、チップ端子の先端装着部について単にボビンの筒状部軸芯に略平行であることのみが規定されているだけであって、チップ端子の先端装着部と駒の装着側底面との高さ位置の関係については規定されていないことからも明らかである。

<3> また、自動装着の点については、引用例1には「また本考案の実施例で示したコンバータトランスにおいては、ターミナルピン4、4’が回路基板5、5’に対して平行に位置するように設けられているため、チップ部品化が容易であり、したがって他チップ部品と同様に回路基板に載置した後に電気的接続を行うことが可能であり、ハイブリッド集積回路として構成できる。」(7頁13行ないし19行)旨の記載がなされており、また、チップ部品を回路基板上に自動装着することは周知のことであるので、引用例1記載の考案においては、トランスの取付高さを低くできるようにすると共に併せて自動装着が可能なものとしたものであることが明らかである。

つまり、引用例1記載の考案においては、コンバータトランスを回路基板上に取り付けるに際し、端子を回路基板に平行に位置するように設けることにより自動装着を可能とし、さらに、回路基板にコイルボビン又はコアの逃がし孔を設けることによってその取付高さを低くしているものであるから、回路基板にコイルボビン又はコアの逃がし孔が存在しているか否かは、コンバータトランスが回路基板に平面的に取り付けられているか否かとは直接関係ないことである。

イ 原告は、引用例2記載の考案はベース付きコイルのみを対象として、単に基板に平面取付することを可能とする限りにおいての技術であり、電子部品一般に係るものではなく、本願考案と同様に「平面取付可能」とするものではないと主張する。

しかし、引用例2には「本考案は、例えば中間周波変成器や高周波コイルの如き小型コイルの端子ピンの取付構造に関するものである。」(1欄27行ないし29行)と記載されており、また、ベース内にはコンデンサを設けることも記載されているので、引用例2記載の考案をコイル等の電子部品の平面取付に関する技術とした審決の認定に誤りはない。

ウ 原告は、引用例3記載の考案の端子は、縦型の巻枠の底面つばから垂直に真っ直ぐ伸びるものであって、基板に取付孔を開けることを前提とするものであるから、引用例1記載の考案のコンバータトランス及び引用例2記載の考案にどのように組み合わせるのか、必ずしも定かではないと主張する。

しかし、審決は、平板状端子の抜け止めとして、その埋設部に係止部を設ける技術の公知例として引用例3記載の考案を用いているものである。そして、端子を巻枠の底面つばから垂直に真っ直ぐ伸びるように埋設することは、端子の埋設部に係止部を設けて抜け止めとすることとは関係ないから、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願考案の概要

成立に争いのない甲第3号証(本願公告公報)、第4号証(平成7年5月1日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願考案の概要は、以下のとおりと認められる。

1  本願考案は、ハイブリッドIC基板上に装着したり、電子機器のプリント基板上に装着したりするのに適したパルストランス、チョークコイル等のインダクタンス素子に関する。(本願公告公報1欄15行ないし2欄3行)

従来のインダクタンス素子は、プリント基板に差し込んで取り付けるためのピンを具備したピン付ボビンに巻線を施し、さらに必要に応じてコアを設けた構造のものが一般的であった。この種のピン付ボビンを用いたインダクタンス素子は、比較的大型のものであり自動挿入装置を用いた自動挿入に対する考慮はなされていなかった。ところで、高周波用の超小型のインダクタンス素子の場合には、手作業による挿入では極めて作業能率が悪くなるため、インダクタンス素子を台紙上に一定間隔で配列して電子部品連となしたもの(いわゆるテーピング)を用いたり、あるいはインダクタンス素子を筒状のマガジンに一定姿勢で収納しておいたりして電子部品自動装着装置にてプリント基板に装着することが考慮されている。この場合には、プリント基板に差し込んで装着するピン付ボビンはかえって不都合である。(本願公告公報2欄5行ないし3欄4行)

2  本願考案は、上記の点に鑑み、本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載)のとおりの構成により、上記の如き自動装着に適した超小型のインダクタンス素子を提供しようとするものである。(本願公告公報3欄6行ないし17行、上記補正書2頁13行ないし14行)

3  本願考案は、従来のピン付ボビンの代りに、ボビン筒状部の軸芯に略平行で一部が前記駒に埋設される基部と、該基部より斜め下方、略直角なクランク状、又は一部円弧状等に折曲げられるいわゆる折曲部と、該折曲部先端に前記筒状部軸芯に略平行に形成される先端装着部とを有するチップ端子を具備した端子付ボビンを用いており、この結果、チップ部品として自動装着装置を利用して基板上に自動装着可能である。(本願公告公報3欄19行ないし26行)

本願考案のインダクタンス素子は、チップ端子を有する端子付ボビンを用いた構造であり、台紙テープ上に一定間隔で配列して電子部品連となしたり、筒状のマガジン内に一定姿勢で配列したりして電子部品自動装着装置に供給することが可能であり、ハイブリッドIC基板あるいは電子機器のプリント基板等に自動装着するのに極めて好都合である。また、各チップ端子の基部は、駒に埋設される部分に当該駒への係止部が形成されており、各チップ端子の駒への固定が確実である。さらに、各巻線端を駒間に形成された所定の凹溝を通して引き出し所定のチップ端子に接続固定でき、各巻線端相互の絶縁等を確実に図ることができる。(4欄27行ないし38行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1について

(1)  本願考案の「駒」及び「凹溝」について検討するに、本願考案の実用新案登録請求の範囲からは、その技術的意義を一義的に明確に理解することができない。そこで、本願明細書の考案の詳細な説明及び図面を参酌すると、前掲甲第3号証には、「前記端子付ボビン1は、前記筒状部2の両端につば5を有し、両方のつばに対して前記筒状部2の軸芯の平行面上に位置する駒6がそれぞれ複数形成されている。また、各駒6の装着側底面間には凹溝16が形成されている。そして、駒6にはそれぞれチップ端子7が植設されている。」(3欄34行ないし39行)、「また、前記駒6の一端には装着方向識別用の凸部15が形成されている。このような端子付ボビン1の筒状部2に所定の巻線3を施し、各巻線端を所定の凹溝16を通して引き出し所定のチップ端子7に接続固定した後、第2図のごとく端子付ボビン1の両側よりE型コア4A、4Bをそれぞれ嵌め込み」(4欄1行ないし7行)との説明が図面とともに記載されていることが認められ、以上の事実によれば、駒はボビンの基部であり、凹溝は巻線を所定のチップ端子7に接続固定するため巻線を引き出すための溝であることが認められる。

(2)  次に、引用例1記載の考案の「肉厚部」、「溝」について検討するに、成立に争いのない甲第5号証の2によれば、引用例1には「(第3図及び第4図)の実施例におけるターミナルピン4’も、前述した本考案の一実施例と同様にコイルボビン1’の側面1a’に対して垂直に装着されており、かつこのターミナルピン4’には各巻線2’の端末2a’が半田付け等により電気的に接続されている。」(6頁9行ないし15行)との説明が図とともに記載されていることが認められ、以上の事実によれば、引用例1記載の考案の肉厚部はコイルボビンの基底部であり、溝は本願のチップ端子に相当するターミナルピンに巻線を接続するために巻線を溝を通して引き出すためのものと認められる。そうすると、引用例1記載の考案の「肉厚部」、「溝」は、本願考案の「駒」、「凹溝」に相当するというべきである。

(3)  原告は、引用例1記載の考案の「肉厚部」がつば部と一体となったつば部そのものであること、それをやや肉厚に形成しただけであること、「溝」がターミナルピンのほぼ真下にあることという構造を根拠として本願考案の「駒」及び「凹溝」との相違を主張するものと解されるが、上記(1)の認定に係る本願考案の「駒」及び「凹溝」の技術的意義からすれば、本願考案が、原告主張に係る上記構造を備えているものを除外しているとは解されないから、原告の主張は理由がない。

2  取消事由2について

(1)ア  原告は、引用例1記載の考案が本願考案と同様に「チップ端子」を平面取付可能に形成しているものではないと主張する。

上記「平面取付」について、審決が、これを技術的課題の共通性として認識し、各引用例記載の考案を組み合せる動機として認定していることは前記審決の理由の要点の記載から明らかであるところ、原告はこれを争うものと解される。したがって、上記原告主張の当否を判断するに当たっては、審決のいう「平面取付」の意味とともに、そのことによって各引用例記載の考案を組み合せることが極めて容易であったか否かを検討すべきである。

イ  そこで、審決のいう「平面取付」の意味について検討するに、成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2には、第2図と対比して、「第3図、第5図のように、端子ピン1を角ピンにしてベース2の下面と一直線になるように位置させれば、平面取付も可能になる」(2欄31行ないし33行)との記載があるところ、審決が上記記載を指して平面取付可能とするための技術と認定し、引用例1記載の考案のターミナルピン4’は回路基板5’に対して平行に接続して上記コンバータトランスを回路基板5’に平面的に取り付けられていると認定していることは、前記審決の理由の要点から明らかである。以上の事実によれば、審決のいう「平面取付」とは、<1>部品の端子ピンを基板を通さずに基板上に載置し、その際、<2>端子ピンと基板上の導体箔が略平行の状態で固定されることを意味するものと解される。

ウ  そして、上記の意味では、引用例2記載の考案は勿論、引用例1記載の考案も本願考案も、平面取付可能にしていることは明らかである。したがって、審決のいう「平面取付」の用語に即する限り、引用例1、2記載の考案は、いずれも平面取付可能ということができ、この点で共通性がある。

エ  もっとも、引用例1記載の考案を「平面取付可能」と呼ぶか否かはさておき、原告は、審決の「平面取付可能」との認定を争う理由として、引用例1記載の考案が、取付高さを低くし、かつ、簿形化をはかるために逃がし孔を形成しつつ、直線状のターミナルピンを最適の構造の端子として、基板との電気的接続を行うものであるから、本願考案のような形状及び取付態様の端子を採用すると、引用例1記載の考案の本来の目的に反する不本意な構成となるため、そのような動機は生じないと主張するので検討する。

前掲甲第5号証の2によれば、引用例1には、「本考案は・・・その目的とするところは、トランスを回路基板に取付けた場合の取付け高さを低くすることができ、かつ薄型化がはかれるトランスの取付装置を提供することにある。」(1頁17行ないし2頁5行)、「(従来の)取付装置においては、コンバータトランスの高さ、すなわちコア14の高さtに、回路基板15の厚さt1と回路基板15の部品挿入孔15aを通過したターミナルピン13の電気的接続処理のための厚さt2の和、すわなちt3が加算されることになり、その結果、高さtが極めて低いコンバータトランスを構成しても、回路基板15の厚さt1と回路基板15の部品挿入孔15aを通過したターミナルピン13の電気的接続処理のための厚さt2の和であるt3は除去できないため、コンバータトランスを含む装置の高さhの値の減少には限界があり、したがって薄型化は困難であった。本考案は上記従来の問題点に鑑み、コイルボビンに装着されるターミナルピンの設け方を工夫することにより、上記従来の問題点を解消した」(3頁19行ないし4頁14行)、「第4図の実施例においては、コンバータトランスの高さ、すなわちコイルボビン1’の高さt”が、コンバータトランスを含む装置そのものの高さとなり、また回路基板5’の厚さt1”はコイルボビン1’の高さt”内に吸収されるため、従来例で示した第6図におけるt1+t2=t3の厚さは不要となり、その結果、薄型化が可能となるものである。」(7頁6行ないし12行)、「回路基板にコイルボビン・・・の逃がし孔を設けるとともに前記ターミナルピンを回路基板に対して平行となるように設けたため、・・・従来例のものに比べ、薄型化をはかることができるものである。」(9頁3行ないし11行)との記載があることが認められ、上記記載に徴すれば、引用例1記載の考案は、ターミナルピンの設け方を工夫することにより薄型化を図ることを目的とするトランスの取付装置であると認められる。ところが、引用例1記載の考案のターミナルピンに引用例2記載の考案のごとき折曲部と該折曲部先端にベース下面に略平行に形成される先端装着部とを有する構成を適用すれば折曲部の高さだけ高くなってしまうのであって、このことは、折角逃がし孔まで設けた上で設け方を工夫して薄型化を図ったターミナルピンを考案の目的に反する方向に変更することになるから、両者が平面取付可能という点で共通することを考慮しても、これを当業者が極めて容易に想到することができたものと認めることはできない。

オ  なお、被告は、本願考案においても、引用例1記載の考案のように逃がし孔を設けた回路基板への取付も行えると主張する。しかし、引用例1記載の考案に引用例2記載の考案を組み合せることが、薄型化を図るという引用例1記載の考案の目的に反し極めて容易とはいえないことは前示のとおりであって、本願考案においても逃がし孔を設けた回路基板への取付が行えるとしても、そのことは前記認定を左右するものではない。

カ  そうすると、引用例1記載の考案において、それの平面取付を可能とするために引用例2記載の考案を適用することは当業者が極めて容易に推考できたとした審決の判断は誤りといわざるを得ない。

(2)  原告は、引用例3記載の考案の端子が、縦型の巻枠の底面つばから垂直に真っ直ぐ伸びるものであって、基板に取付孔を開けることを前提とするものであることを理由に、引用例1、2記載の考案にどのように組み合せるのか、必ずしも定かではないと主張する。

しかし、引用例3記載の考案において、審決に引用された構成は、「平板状端子の抜け止めのために、その埋設用基部に係止部を形成する」というものであり、上記構成は、端子が垂直で真っ直ぐか否か、ないし基板に取付孔をあけるか否かとは関係がないから、そのことによって、引用例3記載の考案と引用例1、2記載の考案との組合せが困難となるものではない。

3  以上のとおり、引用例1記載の考案において、それの平面取付を可能とするために引用例2記載の考案を適用することは当業者が極めて容易に推考できたとした審決の判断は誤りであり、この誤りが、本願考案について引用例1ないし3記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたとした審決の結論にに影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れない。

第4  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年5月14日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

【図面の簡単な説明】

第1図は本考案に係るインダクタンス素子の実施例を示す正面図、第2図はコア部分を分解して示す底面図、第3図は実施例で用いる端子付ボビンの側面図である。

1……端子付ボビン、2……筒状部、3……巻線、4A、4B……E型コア、5……つば、6……駒、7……チップ端子、8……基部、9……折曲部、10……先端装着部。

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

別紙図面4

<省略>

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